ひとりごと





9/30    萩の道 遠く聴こえる 婆の声



 仏と紫苑



 名残りの萩


秋晴れの昨日、絵筆ではなくカメラを持って、鎌倉散策に出かけた。

東慶寺の辺りを歩いていると、「この近くに小倉遊亀の住んでいた家がある」と聞いて、ある絵を思い出した。
画家小倉遊亀の大作、「摺針峠」だ。
ひとりの修業僧と老婆を描いた、静かではあるけれどメッセージ性のある絵だ。
若い僧が、修業に見切りをつけて寺を出たところ、峠で斧を砥ぐ老女に出会う。
老女が斧を砥いで針を作ると聞いて、自分の怠け心を反省し寺へ戻って修業に励み、やがて高僧になるという話だ。
老婆は観音様の化身だったとか。

あの絵を思い出したら、おしりを蹴とばされて峠から転げ落ちた気分…。
画風がどうの、うまく描けないなんてごちゃごちゃいってないで、さっさと描かんかい!
と、そんな声が聞こえた。

せっかく近くまで行ったんだから、天才遊亀さんのお家を拝んでくれば良かったかしら?





9/21    黄昏て 何処へ飛ぶや 秋の蝶



 落ちたカキの実を吸うアカボシゴマダラ



 黄色い管はストロー


書や俳画をやっていた友人が、大量の紙を背負ってやってきた。
もう書くのは止めたから、残っている画仙紙や色紙などを譲ると。
「ほんとに止めちゃったの?またいつか書きたくなるんじゃない?」
と念を押しても、きっぱりと、「もうやらない!」と。
夢中でやっていたことも、ある日全く興味を失うこともあるのよね。

私自身、かつて彫金に夢中になっていた時期があった。
趣味が仕事になって、友人たちにアクセサリーを作ったりお客さんを紹介してもらったりもした。
彼女もそのひとりだった。(感謝!)
子育てで中断し、一段落して再開しようと思った時、やる気を失っていることに気付いた。
そして沢山あった道具を、これから始めるという若い人に譲った。
ひとつのことを続けるって、ほんとに難しいことだとつくづく思う。

絵(紙と墨の無駄遣い)がいつまで続けられるかは分らないけれど、
紙(神?)の援助は大変有り難く、謹んで使わせていただきます。






9/11    もしもし…



 ミサイル飛んでこない?


1900年9月11日に、日本初の公衆電話が、新橋と上野駅前に設置されたんだそうな。

最近はケータイの普及で、公衆電話はなかなか見つからない。
重い受話器を持ち、10円玉を入れてもしもししていた頃が懐かしい…。
未来を想定した映画「マトリックス」で、公衆電話を使ってワープしていたのが、今では笑える光景でもある。

東日本大震災の時に、出先で地震に遭った。
ケータイが繋がらず、駅近くの公衆電話の列に並んだっけ…。

今も地震の危機はあり、天災も年々激しくなり、ミサイルまでもが飛んできそうだ。
お互いの安否の確認はやはりケータイが頼り?
相変わらず緊急時には繋がりにくいけれど、災害伝言サービス(ダイアル171)がある。
毎月1日、15日に体験利用ができるようなので、一度試してみよう。





9/3    「最高の人生の見つけ方」



 最初と最後に登場するエベレスト  「荘厳な景色を見る」もリストのひとつ
(2012年 岳士撮影)


9月になると、悲観的になって自殺する人が増えるんだとか。
こんな映画を見たら、自ら死ぬことなど考えなくなるだろう。

今週、テレビで見た映画が素晴らしかった。
2007年公開で、ジャック・ニコルソン、モーガン・フリーマン共演。
原題は、「Bucket List」、bucketは棺桶、つまり棺桶に入る前にやっておきたいことを書き出したリストのこと。

余命半年と宣告された二人の老人が、入院先で偶然出会う。
ひとりは大金持ちでわがままな白人。もうひとりは実直で家族を養うために働き通してきた黒人。
境遇も性格も全く違うふたりは、反発し合いながらも徐々に親しくなる。
やがてふたりは死ぬ前にやりたいことリストを作り、実現する旅に出る。

死を前にして深刻になりそうな場面も、ふたりのユーモアたっぷりの会話が笑いを誘う。
生き方は違っても、どちらも一生懸命生きてきたからこそ、こんな無茶な最後の冒険も許されるのだろう。
最高の人生とは、それぞれの生き方を全うし、周りを受け入れ認めるってことかな…。
何よりふたりの名優が、この映画の意味を十分に語っているし、最高にいい味を出している。
そしてもうひとりの脇役(名前不明)が、さり気なく重要な役割を果たしているのも見逃せない。

笑って泣いて、爽やかに心洗われる素敵な映画だった。


TOP